CinemA*s Cafe

映画鑑賞が趣味となって早数年。 映画館で観る映画が好きです~♪ ネタバレ、随所随所で登場いたしますのでお嫌いな方はご注意ください!

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ゆれる

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メゾン・ド・ヒミコを見てからオダジョーをスキなのだけど、この映画でもさすがのオダジョーの魅力を余すところなく見せてくれた感じで大満足。
お話自体はけっこう重く、兄弟愛や家族愛をとっても考えさせられるものだった。
兄・稔を演じた香川さんもさすがの演技力で魅せてくれたし、弟・猛を演じたオダジョーの演技もとても上手い。
稔でいいのではないか?稔といても不幸せではないだろうと自分自身納得しようとしていたかもしれない女性・智恵子は元彼・猛の登場・訪問で自分の中で鎮めようとしていた思いがあふれ出てしまう。

吊り橋を容易に渡っていった猛を追うように智恵子はかけだし、それを「危ないから」という理由で自分の恐怖を押し殺し、智恵子にしがみつくように止める稔。

吊り橋を渡りきればそこには、猛がいるはずだけど、智恵子自身そんな自分を受け止めてくれる可能性が限りなく低いことは分かっていたはず。
それでも駆け出したいその衝動は、今までの自分、田舎での環境、このままで行けば多分自分は・・・そんな状況から脱したいという思いが溢れ出たのだろうと思う。
そしてそれを分かっていたからこそ、自分が心の奥底で望んでいる全てのものを持っている弟に智恵子だけは渡したくない稔は必死の思いで止め、そして拒絶され、あのような状況になったのだろうと思う。
あの傷から察するに、稔は智恵子を助けようとして、結果それが叶わなかったと思っているのだけども、なぜに猛にはそう見えなかったのか?
それともあやふやな思いを抱えたまま兄をかばい、そして裁判を交えたあの稔の言葉や態度で弟として兄に抱えていた何かをああいう形にしてしまったのか?

ゆれるというこの題名はすべてにおいてこの映画のキーワードとなっていると思う。
ゆれる智恵子の思い。ゆれる吊り橋。ゆれる稔の証言。ゆれる猛の兄への思い。

しかし、ラストで叫ぶ猛の「兄ちゃん」という呼びかけ。
それに応える稔の弟を見つめる慈愛に満ちた微笑み。

そこに全ての答えが表現されているかもしれない。

いろいろと考えさせられる秀作と思える映画だった。
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HISAYO

Author:HISAYO
映画館で観る映画鑑賞が好き。
あまりDVDでは映画は観ないほう。
選り好みせずタイミングが合えばたいていのものは観るほう。
好きな俳優 ジョージ・クルーニー

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